【油断禁物】なぜ遭難するのか?1000メートル以下の低山で遭難しかけた実体験から原因を考察してみた

今回の記事はきっと登山初心者さんから初級者さん向けです。私自身がそうですから。
 
たしかヤマレコかな?何でみたかはよく憶えてないんですが、50回以上登ると初心者から初級者になるといった定義を紹介してるサイトがあった憶えがあります。
 
ごめんなさい。ちょっとかなり記憶が曖昧です。
 
まあ回数云々以上に、その1回をどれだけの心構えで?どれだけの準備・計画で登ったか?つまり量以上に質が大事な気もしますが。
 
とにかく、もう何十年も気合入れて登山している人には言わずもがなという感じの記事になってしまうので申し訳ないのですが、今回は私自身がかつて登山1年目に体験した遭難しかけたケースを振り返りながら、なぜ遭難しそうになるのか?
 
その原因を考察してみたいと思います。
 
 

 

はじめに

私はソロ登山から入りました。最初に登ったのは青梅の御岳山でしたが、その時はかなり軽装で山のことなんて全くわかってなくて「なんで皆ネコのタマちゃんみたいに鈴鳴らしてるんだろう?」という状態でした。
 
その御岳山登山の時は道中知り合った登山慣れしているアメリカ人の方と意気投合したおかげで行動を一緒にすることになりましたが、誰かと初めて一緒に登った登山は確か11回目とかの登山でした。
 
今回振り返りのネタになる登山というのは、何回目かはもう忘れてしまったけど、その11回までの中で起きた出来事です。
 
ある時、秩父の山に行ったんですよ。大滝温泉とかが近い山です。秩父鉄道の三峰口駅から歩いて登山道まで行けます。
 
けっこう傾斜で標高稼ぐ感じの山で登りは心肺的にはまあきつかったんですが、頂上までは難なく登ることができました。
 
問題は下山でしたね。大滝温泉でひとっ風呂浴びてから帰ろうと思ったのでピストンではなく、下山は登りとは違うコースを選択したんですが、まさかの道迷いになりハラハラドキドキの展開になりました。
 
いま、この記事を書けてるのは…まあ何とか下山できたからなんですが、一般道に出た時には腰が抜けたような感じになり、しばらく歩けませんでしたね。
 
いま思えば、いくつかやらかしたなあと思うところがあるので、今回はそのやらかしたなあと思う部分を紹介しますね。
 
ちなみにこの山は標高1,000メートルないくらいの低山でしたし、その時が初めての登山だったわけではないにも関わらずこうなったわけで…。
 
登山ってとても楽しいんですけど、やはり山は山!言わずもがなだと思いますが舐めてはいけません!油断は本当に禁物です!
 
 

地図を持ってなかった

いま思えば恐ろしいことなんですが、当時は紙媒体の地図はもちろんのこと、ヤマレコとかYAMAPとか登山に特化したマップアプリも使ってませんでした。
 
基本的に奥多摩の有名どころな感じの山だと標識がしっかりしてますからね。それが当たり前だと思っちゃってたんですよね。(4回目の登山まではトイレがあるのも当たり前だと思ってました)
 
1度道迷いの状態に陥ると、後ろを振り返ってもどうやってここまで来たのか?もう景色だけではわからない状態になります。それだけ森林の中というのは方向感覚を麻痺させます。
 
今となってみれば超基本中の基本と言えることなんですけど、地図は必ず持って登山しましょう。道迷いした時に自分が今どこにいるのか?把握できるのとできないのとでは天と地ほど差があります。
 
スマホアプリを使う人は容量たっぷりのモバイルバッテリーも必ず持っていくことを強くオススメします。
 
 

赤いテープに頼りすぎた

登山の時についつい道標として頼ってしまうのが赤いテープ。登山客が多い山では登山コースの道標として機能していることが多いとは思いますが、でもあれって林業の人とか伐採予定の木に目印としてつけているパターンもあります。
 
私が遭難しかけた時は途中から標識の出没頻度が一気に下がってしまったので、この赤いテープを頼りに歩いたつもりだったんですが、気づけば赤いテープが青いテープだらけの地帯になり、動物の骨はポコポコ落ちてるわ、とにかくもうテープが登山道を示す道標ではなくなってました。
 
これも最初に書いた地図の準備がしっかりできていれば難なく回避できることだと思うんですが、テープは決して登山道の順路を示すだけが役割じゃないので、テープだけを頼りに歩くということにも危険は潜んでます。
 
 

日没への焦りが判断力を低下させる

「あ、自分は道迷いした」と自覚した瞬間に日没への恐怖が頭の中を支配したことを今でも憶えてます。
 
この焦りは自分で考えてる以上に判断力を奪ってしまうんです。この時もまだ本当は山頂まで引き返せるタイミングがあったんですよ。
 
でも、山頂でのんびり過ごして下山開始したのが14時くらいだったので「道迷いしたかも?」って認識し出したのが15時くらい。
 
一旦、山頂まで戻り、来た道をピストンで戻り直そうとも考えたんですが、日没への恐怖がこれを許さず、ますます蟻地獄に足を突っ込んでしまった印象が強いです。
 
ちょっとやばいなあと思ったら山頂まで引き返したほうが絶対に良いと思います。
 
あと、私が山頂に引き返さず下ることに固執した理由なんですが、これも超基本中の基本で地図と同レベルで反省し、その後は戒めてることなんですが、ヘッデン(ヘッドライト)を持ってなかったんです。
 
日帰り登山だからとか、低山だからとかは関係なく、ヘッドライトの携帯は必須です。
 
本当に何があるかわからないので、例えば木の幹で足を捻ってしまい歩けなくなったなんてことも、よくあることですから、ヘッドライトは必ずもってなきゃいけない。出来ればメインとサブの2台持ち!
 
私はこの体験以来、USB充電できるタイプ1台と普通の電池で動くタイプ1台、合計2台を携帯するようになりました。
 
日没への焦りに対する対策は、いかに自分がちゃんと備えてきたか?ということが本当に大きいと思います。
 
いくら備えてたって焦るものは焦る、それでも、ちゃんと備えておけばそれなりに冷静な心で対処できるはずです。
 
 

標識すら危うい時もある

空の概念じゃないですけど、そこにあるものが当たり前のようにあると思わないで欲しいという意味合いなんですけどね。
 
壊れた橋を速やかに整備してくれたり、登山客が道迷いしないように細かく標識を立ててくれたり、全て地域の方や山を愛する方々が裏方としてあれこれやってくれるからこそあるものです。
 
豪雨や強風、獣の突進なんかもあるかもしれませんが、標識の向きだって何らかの原因により変わるかもしれません。私が遭難したこの山、標識の向きが実際のルートとは違う方向を向いてました。
 
だからこそ地図は絶対に持たなくちゃいけないんですが、目の前にあるものが当たり前のようにそこにあり、そして当たり前のように正しいと思った結果、気づけば廃道のようなところに出てしまいました。
 
登山は出たとこ勝負は通用しません。いかに事前の下調べをしたか?地図などの備えがあるか?が物を言いますので、現地で何となく導かれたように進むという感じにならないことが大事だと思います。
 
 

下りよう下りようという気持ちが傷を深くする

私の場合は結果的に力技でなんとか降りることができました。もう完全に道迷いの状態になってウロウロしてた時に沢を見つけたんです。
 
その沢は用水路のような形で下は下へ水を運んでたので、全然「道」という感じではなくて「坂」とか「崖」といったほうが適切な傾斜を、ザックで背中を保護しながら滑り落ちることで何とか登山道に復帰しました。
 
でも、脚に木がたくさん刺さるわ、爪も剥がれるわ、一歩間違えれば大怪我をしていたと思います。あとは木の実がたくさんあったので、下手すればツキノワグマとエンカウントしてもおかしくなかったですね。
 
滑り落ちる中で、もし腰や足を強打して骨を打ってたとしたら、今頃は生きてこの記事を書くことは出来なかったと思います。
 
基本的に下山するには下っていくしかないんですけど、でも山々が連なってるようなところだと下りたとしてもそこは谷間かもしれないですし。
 
その時もそうだったんですが、下ろう下ろうという意識で歩いてても実は登ってたり、人間の高低差みたいな感覚はあまりアテになりません。
 
下ろう下ろうという一心から無茶した結果、大怪我をして行動不能になったケースも遭難の事例をみてると散見されるので、やはり基本は引き返せるうちに山頂まで戻ってみることが賢明な判断だと思います。
 
もし、登りで遭難してしまった場合には無理して登頂しようとしないこと。生きてればチャンスは次に繋げられますけど、生還できなかったら2度と登山を楽しむこともできません。
 
 

おわりに

そんなわけで今回は私がかつて遭難しかけた時の体験から、なんでそうなったのか?を改めて考えてみた上で原因となり得ること・気をつけて頂きたいことをまとめてみました。
 
私もそうだったんですが、ソロ登山から始めると細かい部分で知識が足りてないところも多々出てくると思います。
 
ネットでの情報収集も大事ですが、ライトなものからで全然良いと思うので、専門書は読んでみたほうが良いと思うし(ザックのポジショニングとか専門書のおかげで覚えました)
 
山だと気さくに話しかけてくれる気の良さそうな先人達もたくさんいますので、いろいろ質問してみることも良いのではないかなあと思います。
 
いつも自分よりキャリアが長い人と登る人も、その人がいるからと何も考えないで登ってると、いざソロ登山する時や初めての人と登山する時、何も頭に入ってない状態になっちゃうと思うので、誰かと一緒だとしても『自分の命は自分で守る』意識で準備から山行まで経過を積んでいくと、より自分の血となり肉となり良いのではないかと思います。