私と競馬の関係はゆりかごから墓場まで〜競馬にハマった理由〜

競馬

久しぶりにシルフィードを読んでみました。
 
読んでみたと言ってもパラパラっと流し読んだ程度ですが、子供の頃の記憶が少し甦りました。
 
懐かしいですね!私はヒヌマボークが好きだった。
 
思えば私が子供の頃は、今よりも競馬マンガや競馬ゲームが流行ってたし売れた時代。
 
きっとオグリキャップの影響が大きいですね。
 
かくいう私も競馬と言えばオグリキャップが記憶の始まりです。
 
せっかくなので、今回は私が競馬にハマった時期や理由
 
『競馬と私』について語ってみようと思います。
 
 

競馬キチの父親から生まれる

今でもそうですが、私より父親の方が全然競馬好きです。
 
私自身の記憶はさすがにありませんが、家族アルバムをめくると、そこにはベビーカーで競馬場を徘徊する私の写真がたくさんあります。
 
つまり、競馬場歴=私が生まれた時からです。
 
決して大袈裟に言ってるんじゃなくて本当に笑
 
父親が競馬好きすぎて土日は必ず府中or中山に行ってたみたいです。
 
私自身の記憶はもう少し物心ついてからのものになりますが、確かに週末はいつも府中でポニーに跨ってた記憶があります。(昔、ちびっ子はふれあいコーナーでポニーに跨ってポラロイド撮ってもらえたんですよ)
 
あと、当時の家にあった本棚には大量のクリアファイルバインダーがあったんですが、これは全部父親の競馬研究資料でした笑
 
パソコンがない時代ですから、全て手書きでデータまとめてたみたいですね。
 
そんな父親から生まれてきたわけですから、私にとって競馬というのは同居人のように近しい存在。
 
逆に言えばあまり特別な感情はないんですよ。
 
生まれてからずっと自分の生活の中に競馬があることは当たり前だったので。
 
熱くなりすぎず、冷めすぎず、淡々と向き合うもの。
 
切っても切り離せないもの。
 
それが私にとっての競馬です。
 
競馬にハマったというよりは、競馬を嗜むのが当たり前の環境に生まれ育ったと言ったほうが良さそうですね。
 
 

子供ながらに感動したオグリの引退有馬

もちろん、あの伝説の有馬記念も現地観戦しました。
 
現地に行ったのは競馬キチの父親の意思であって、私自身の意思では当然ないんですが、今でもあのレースの時の記憶は何となく憶えてますよ。
 
いろいろと思い出補正や後付けバイアスが入ってしまってるかもしれませんが。
 
オグリの引退有馬は私が小学1年生くらいの時ですね。
 
当時は競馬のルールをちゃんと理解してなかったと思いますが、でも子供ながらにオグリキャップがもう終わったとされている馬だということは何となくわかってました。
 
だからこそあのレースは良かったんですよね。
 
ディープインパクトやアーモンドアイのような絶対的な支持を得た馬でも負ける時は負けるのが有馬。
 
オグリキャップやトウカイテイオーのような復活劇、まさかの大波乱が起きるのも有馬。
 
やる前から負けること考えるバカいるかよ
 
という人生にとって大切なことを教えてくれるのが有馬記念です。
 
オグリの復活劇に自分自身の人生を重ね合わせて、勇気や感動をもらった人、諦めることをやめた人、きっとあの場にはそういう人たちがたくさんいたと思うんです。
 
そういう人たちの歓声・オグリコール、魂が中山競馬場を揺さぶるかのようなものすごい熱気でした。
 
あの熱気と感動は今でも覚えてますし、子供ながらに競馬は素晴らしいと感じたものです。
 
もし、あの時、オグリキャップの引退レースに連れて行ってもらえてなかったとしたら、その後の点が起きない。
 
つまり点と点が線として繋がらなかったと思うので、きっと私が競馬にハマることはなかったんじゃないかなと思います。
 
 

風のシルフィード

最近まで、このオグリの記憶から一気にダビスタまで飛んじゃってたんですが、昨日シルフィードを流し読みしたことで思い出しましたよ。
 
私が競馬にハマるキッカケのひとつとして、この『風のシルフィード』というマンガも欠かせない要素です。
 
そういえばダビスタよりこっちの方が先でしたね。
 
マンガ好きな少年でしたからジャンプ・マガジン・サンデー全部読んでました。
 
読まないマンガもあったけど、シルフィードは芦毛の馬が主役の競馬マンガだったから読んだんだと思います。
 
芦毛に目がないのはオグリキャップの影響ですね。
 
このマンガで上がり3F33秒台の脚(白い稲妻)とか、凱旋門賞の存在を知りました。
 
作者の方が当時は競馬のことをあまり理解していなかったようで(ご本人がそう語ってます)今読むとだいぶデタラメなところはあるんですけどね。
 
※毎日王冠と天皇賞秋を連勝した馬のことを調教師が有馬でてくるまで知らなかったなんてありえないでしょう笑
 
けっこうとんでもない設定のマンガなんですが、でも子供が読むにはマニアックすぎずにちょうど良い感じだったとも言えます。
 
シルフィードがあったからこそ、マキバオーにもすんなり入り込めたし、続編のマルスも面白く読むことができました。
 
 

最大の理由はやはりダビスタ

ダビスタにハマった子供の頃が、むしろ1番競馬好きだった時代かもしれません。
 
当時は同級生の間でもめちゃくちゃ流行ったゲームでしたが、確か私の世代で1番流行ったのはダビスタ3かな?
 
私はそのちょっと前、ダビスタ2からダビスタライフを始めました。
 
多分、競馬の基本的な仕組みは全てダビスタから学んだと言って間違いないと思います。
 
最初は500万とか900万とかクラスなんてさっぱりわかりませんでしたけど、わからないことはその都度、競馬キチの親に聞いて習熟していく。
 
その繰り返しでしたね。
 
美浦とか栗東とか、トレセンという概念を理解したのもダビスタのおかげでした。
 
そしてダビスタと言えばやはり『血統』
 
ダビスタは基本プレイだけでも楽しめるゲームですが、全てのダビスタユーザーが魅了されたもの。
 
それはプレイヤーが育成した馬同士を対決させるブリーダーズカップ。
 
ブリーダーズカップで良績をあげるような馬を作るためには血統理論を掘り下げていく必要があります。
 
当時は子供だったので、ニトロ理論とかよく理解出来てなかったし、全国レベルのブリーダーズカップで勝つなんてことは無理でしたけど、仲間内では負けたくないし負けたこともない。
 
より強い馬を作るために血統のことはけっこういろいろ勉強しました。
 
その結果、競馬を単なるギャンブルスポーツとしてではなく、ブラッドスポーツとして楽しめるようになった。
 
これが私の競馬人生を左右する最も大きな要素ですね。
 
私は血統があるからこそ競馬が楽しい。
 
馬券を買わなくても血統のことを語れればそれだけで競馬は楽しい。(今年は血統のことを本気で語れて、現地観戦も一緒にできるような仲間を見つけたいです!)
 
もし、ダビスタをプレイしてなかったとしたら血統の深みを知ることもなかったですからね。
 
育ってきた環境、オグリキャップ、シルフィード、これら点の要素が全て線として繋がってきていますが、ダビスタの存在が私の人生を競馬縛りにしたトドメと言えるでしょう。
 
 

まとめ

浮かんできた考えをただただ書いていたらもう3,000字近くになってしまいました。
 
まだまだ全然語れるんですけど、とんでもなく長引きそうなので、テーマと記事を分けた上で今度また書きたいと思います。
 
冒頭で書いた通り、私の競馬初めはベビーカー。
 
つまりゆりかごからです。
 
私の競馬納めは恐らく私がしぬ時。
 
つまり墓場までです。
 
私にとっての競馬は『ゆりかごから墓場』まで。
 
ずっと当たり前のように存在してきたものなので、今さらのめり込むような感覚もないんですが、淡々と今の距離感を維持しながら永遠にお付き合いするもの。
 
それが競馬と私の関係性だと思ってます。
 
今年もまた素晴らしいレースや感動と巡り合います。
 

2+

この記事へのコメント

トップへ戻る